「正義」が気になる

孫正義のことではありません

「せいぎ」です。
「正義」の意味は…
「人の道にかなっていて正しいこと」「人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範」(デジタル大辞泉)
「正しい道理、またその道理をとらえたもの正しいすじみち」「人の行うべき正しいこと」(法律用語辞典 第4版)
とあります。
しかし、最近、よく見聞きする「〇〇は正義(せいぎ)」の「ことば」

昭和人間の「正解」が、平成人間の「正義」に?

「それは正解だね」と、やり方、やったことが妥当、適切であるときなどの表現として、「正解」を日常会話で使います。もちろん、何かの問題を解決(解答)したときにも。
しかし、哲学、宗教、道理とは関係なく、「最善(な選択)」「最高の状態」などを表す「ことば」に「正義(せいぎ)」が使われているようです。
わたしの世代で使っている人をみたことはありませんが、30代以下の人たちの会話には「正義」が聞こえます。

「正義」といえば「ウルトラマン」と「水戸黄門」?

勧善懲悪型の物語だらけだった昭和時代は、今思えば、とても単純な世の中だったのかもしれません。
「半沢直樹」は、昭和臭が漂っていますが、マルでもバツでもないグレーゾーン、グレーにもならない分類不可能なジャンルの出現が目まぐるしい現代のなかで、若者はなにかの拠り所がほしくて「正義」を使っているのでしょうか。
または、フェイクニュースがあふれるネット社会のなかで、「これが正しい」という道しるべの意味なのか…。
本記事のアイキャッチ写真は、それほど深い意味はなく作られたのだと思われますが…。

ゆがんだ「正義感」

人の道に反していることについて、注意したり、諭(さと)したりすることは、まさに「正義」の行いです。
ただ、「正義の味方気取り」の自粛警察の過剰な行動は、当然「正義」でもなんでもなく、単なる暴力です。
肉体的な危害を加えなくても、口撃でも立派なパワハラになります。
コロナとは関係なく、会社や学校、日常生活のなかで、自分の主義主張を押し付けるだけ、相手の気持ちを汲まない汲めない、立場を利用した一方的な非難などは、人間の社会的存在を無視した「悪」であることを認識してもらたいと思います。

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