村社会の「無尽」の力

「むじん」ってなに?

山梨県の石和に縁ができ、ちょいちょい顔を出した今から30年ほど前、「無尽」の「ことば」に初遭遇。
「むじん」?
とうやら山梨では日常用語らしく、当時は、わかったフリをしておいたものの、帰ってから辞書で調べてみると、「一定の口数を…、のちの相互銀行…」という説明がされていました。
とはいえ、どうにもチンプンカンプン…。
念のため言っておくと、30年前は使い物ならないインターネットはかろうじて芽吹いていましたが、当時の調べものは当然ながら紙の辞書です。

「無尽」を初めて聞いた方へ

一定の口数と給付金額とを定めて加入者を集め、定期に所定の出資をさせて、その出資金を基に、一口ごとに抽籤(ちゅうせん)、入札その他の類似の方法により、出資者に金銭又は物品を給付するもの。協同的色彩の強い無尽講と企業化した営業無尽とに大別され、営業無尽のうち、物品無尽は無尽業法(昭六法四二)、金銭無尽は相互銀行法(昭二六法一九九)(平成五年の同法の廃止後は銀行法)で規律されているが、物品無尽はほとんど行われていない。

法律用語辞典 第4版

と説明されても、理解できない方へは…
つまりは「頼母子講(たのもしこう)」のことですと言うのですが、これも「?」の方へは…

金銭の融通を目的とする民間互助組織。一定の期日に構成員が掛け金を出し、くじや入札で決めた当選者に一定の金額を給付し、全構成員に行き渡ったとき解散する。鎌倉時代に始まり、江戸時代に流行。

デジタル大辞泉

とあり、現代でも続いている山梨県石和って…「なに?」、と思ってしまったわけです。

那覇、伊東、北上にもあった「無尽」

たまたま…なのかもしれませんが、かつての仕事先であった3つの町にも「無尽」がありました。
おもしろいのは、那覇は思い出せませんが、当時の仕事場の社員によれば、伊東(静岡県)の隣町の熱海、北上(岩手県)の隣、江刺(奥州市)や金ヶ崎には、「無尽はない」「知らない人がいた」ことでした。

無尽の由来

「無尽」が残った町の由来はわかりません。
残った原因・条件に…
伊東の飲み屋・芸者文化、漁師町が入るなら、熱海にないのはおかしい…
農村文化なら、北上と江刺、金ヶ崎とは大差ない…
では、石和は…
と、よくわかりません。

共通するのは、ある無尽グループに入っているか否かは、結構、地元では重要だということです。
互助意識は薄れて、単にサークルのような「無尽」も多いみたいですが、「無尽」が残る町では、脈々とその文化が受け継がれています。

村八分は今でもある

「無尽」によって違うのかもしれませんが、わたしが聞いた範囲では、「無尽」へ参加できるのは、すでに「無尽」に参加しているメンバーからの紹介が必要のようです。

疑問…
「紹介者が連れてきた新規の無尽メンバーが、いやなやつだったらどうするの?」
と尋ねたところ、
「紹介者と紹介された本人には内緒で、無尽(そのもの)をいったん解散し、その二人抜きで、(こっそり)再結成するんです…」と。

あからさまな「村八分」ではないかもしれませんが、その意識は、今でも続いているようです。

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